◆高野山の略史◆
高野山は紀の国、紀の川の南方海抜1,000mの山上にあり、周囲を八葉蓮華になぞらえられた峰々に囲まれ、東西6km、南北3kmの一大仏都です。1150余年前、弘法大師が唐より帰朝後、真言密教の道場として開山に着手されました。これが高野山金剛峰寺の創めであります。徳川時代の正保の頃には、大小2,000に余る寺坊が廂を並べたが、明治維新に際し寺領及び外山の森林などすべて国家に奉還、現在は千年を越す歴史を秘めた老杉古槇に囲まれて建つ堂塔伽藍と10万基を越すといわれる奥の院の墓石と供養碑郡のほか120余ヶ寺がありこれを主体に1,000戸の商家と4,000の人口が住み、全国でも稀にみる境内街を形成しております。



◆持明院の縁起◆
鳥羽天皇の保安年間に持明房真誉大徳の開基でその字を取って寺名とし、特に持流一派の本山として八五〇年、法灯師資連綿として今日に至っております。本尊は延命地蔵菩薩で古来より伊達家、武田家、土屋家、京極家、木村家等の大壇主を始め壇信各家祖先の霊牌を安置して、例時の供養に二世の勝縁を祈願しております。
現在の建物は明治四十三年祝融の災以後のもので、境内六、六〇〇u(二、〇〇〇坪)堂宇十数棟に及び数々の貴重な仏像仏画、経典を収蔵しております。

■持明院案内
客室四十一室/大広間三室/収容人員二〇〇名